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東京地方裁判所 平成10年(ワ)23649号 判決 1999年6月30日

甲事件原告・乙事件被告

株式会社きしや

右代表者代表取締役

岸秀夫

(以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

岩丸豊紀

柴谷晃

光廣真理恵

久米智昭

甲事件被告・乙事件原告

中央建物株式会社

右代表者代表取締役

松浦精一

(以下「被告」という。)

右訴訟代理人弁護士

猪山雄治

主文

一  原告と被告との間の別紙物件目録二記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、平成九年九月一日以降一か月金一二〇九万二二七三円であることを確認する。

二  原告と被告との間の右建物についての賃貸借契約における共益費は、平成九年九月一日以降一か月金一四一万七〇五〇円であることを確認する。

三  原告のその余の主位的請求及び賃料確認請求に係る予備的請求並びに被告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

1  主位的請求

原告と被告との間の別紙物件目録二記載の建物(契約物件)についての賃貸借契約における賃料は、平成九年九月一日以降一か月金一〇七五万五八五〇円であること及び契約物件の共益費は、同日以降一か月金一四一万七〇五〇円であることを確認する。

2  予備的請求

原告と被告との間の契約物件についての賃貸借契約における賃料は、平成九年九月一日以降一か月金八四三万三〇〇〇円であること及び契約物件の共益費は、同日以降一か月金三七三万九九〇〇円であることを確認する。

二  乙事件

原告と被告との間の契約物件についての賃貸借契約にける賃料は、平成九年九月一日以降一か月金二六一七万九三〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、契約物件の賃借人である原告が、原告と被告との間の契約物件についての賃貸借契約(本件契約)における賃料及び共益費は、公租公課の変動、敷地の時価の変動、物価指数の変動等の諸要因を勘案すると、不相当に高額となったことを理由として、賃料及び共益費(賃料等)の減額の意思表示をし、その確認を求めた(甲事件)のに対し、契約物件の賃貸人である被告が、契約物件の賃料は、付近の貸室の賃料と比較して不相当に低額となったとして賃料増額の意思表示をし、その確認を求めた(乙事件)事案である。

一  争いのない事実及び証拠又は弁論の全趣旨により容易に認定できる事実

1  旧賃貸借契約

原告は、昭和四五年九月一日、新田商事株式会社(旧賃貸人)より、その所有する別紙物件目録一記載の建物(本件建物)のうち、別紙一階平面図に赤斜線で表示した部分(45.341平方メートル)及び青斜線で表示した部分(38.781平方メートル)を除いたその余の全部(旧契約物件)を賃借し(旧賃貸借契約)、以後、これを占有使用していた。

右契約は、平成七年九月一日、合意更新され、契約内容は次のとおりとなった。なお、右契約においては、旧契約物件の保守、維持管理は原告が行うとの特約があり、共益費に関する定めはない(甲三)。

期間 平成七年九月一日から平成九年八月三一日

賃料 一か月金一四三二万七六〇四円

2  賃貸人の変更

被告は、平成八年四月一五日、旧賃貸人より本件建物の所有権を取得し、旧賃貸借契約における賃貸人の地位を承継した。

3  新賃貸借契約(本件契約)

原告と被告は、前同日、旧契約物件のうち地下一階及び五階部分の賃貸借契約を解除すること、賃料については、平方メートル当たりの単価は変更せずに、減少面積に応じて賃料を減額すること、本件建物の維持、管理は賃貸人(被告)が行うこととし、それに伴い原告は被告に対し共益費を支払うこと等を合意したため、本件契約は次のとおりとなった(甲四)。

対象 契約物件

期間 平成八年四月一五日から平成九年八月三一日

賃料 一か月金一〇〇九万七七八四円

共益費 一か月金三七三万九九〇〇円(甲五)

4  被告の原告に対する賃料増額の意思表示

被告は、原告に対し、平成九年六月二七日ころ到達の書面により、現賃料が不相当に低額となったとして、本件契約更新に際し、同年九月一日以降の契約物件の賃料を一か月金二六一七万九三〇〇円、共益費は据え置き、合計一か月金二九九一万九二〇〇円に増額する旨の意思表示をした(乙三)。

5  原告の被告に対する賃料等減額の意思表示

原告は、被告に対し、平成九年七月一七日ころ到達の書面により、現賃料が不相当に高額となったとして、本件契約更新に際し、同年九月一日以降の契約物件の賃料を一か月金八四七万五三〇〇円、共益費を一か月三一三万九〇〇〇円、合計一か月金一一六一万四三〇〇円に減額する旨の意思表示をした(甲六)。

二  争点

平成九年九月一日時点における契約物件の適正継続賃料額及び共益費の額

第三  争点に対する判断

一  本件鑑定の検討

鑑定の結果(本件鑑定)によれば、鑑定人は、契約物件の平成九年九月一日時点の適正継続支払賃料を月額一二〇九万二二七三円、適正共益費を月額一四一万七〇五〇円、合計月額一三五〇万九三二三円と評価していることが認められる。そこで、まず本件鑑定の内容の合理性について検討する。

1  一般的信用性について

鑑定人は、裁判所が選任した両当事者に利害関係を持たない不動産鑑定士であり、現地を実査した上、近隣地域の状況、対象不動産の状況を把握し、通常継続賃料の鑑定に採用される差額配分法、賃貸事例比較法、利回り法、スライド法のすべてを評価の基礎として考慮しており、本件鑑定は、評価の手法等ついて特に不合理な点は認められない。

2  専用面積について

証拠(甲八)及び弁論の全趣旨によれば、契約物件の面積である1236.328平方メートルは、本件建物の一階ないし四階の床面積から、別紙一階平面図に赤色斜線及び青色斜線で表示した部分を除いた面積であり、右面積は、一階ないし四階の共用部分を含んだ面積となっているところ、一階ないし四階の共用部分の面積は、195.145平方メートルと認められるので、一階ないし四階の契約面積である1236.328平方メートルから右共用部分の面積を減算すると、原告の専用面積は1041.183平方メートルと認めることができる。

本件鑑定においては、右専用面積を鑑定評価の基礎としており、この点においても合理的な数値が採用されているものと評価することができる。

3  適正共益費について

本件鑑定においては、本件建物周辺における継続賃貸事例の共益費を調査した上、類似性、規範性のある事例を二四事例にわたり選択したうえで、そのほぼ平均値である月額一三六一円(平方メートル当たり)を標準的な金額とし、金一四一万七〇五〇円(1361円×1041.183平方メートル)を適正共益費としているが、その手法、基礎数値に特段不合理な点は見当たらず、評価額は、合理的なものと認められる。

ところで、建物の賃料は、もともと建物及びその敷地の経済価値に即応した純収益部分と必要経費部分とから構成されるのであって、当事者が賃料とは別個に共益費を授受することを合意したような場合においては、適正賃料の算出にあたっては、右必要経費部分が、共益費に含まれていないか考慮する必要があり、右共益費の額の相当性を全く考慮することなく適正賃料を算出することは、不合理であるといわざるを得ない。本件鑑定においても、本件建物周辺における継続賃貸事例を調査した上で標準的な共益費を査定し、右査定額を超えて収受された共益費は適正賃料査定で考慮する手法を採用しており、その手法は十分合理的なものである(本件においては、共益費として一か月金三七三万九九〇〇円が支払われているところ、右共益費は、本件建物全体の保守、点検、清掃費用実費、ビル管理人件費等であることが認められ(甲九、一〇)、本来必要経費を構成するものである。そこで、本件鑑定においては、本件共益費である三七三万九九〇〇円から適正共益費一四一万七〇五〇円を控除した額を適正賃料の算定に当たり考慮することとしている)。

4  適正賃料について

(一) 差額配分法による算定

まず、積算法により、正常実質賃料相当額(対象不動産の経済的価値に即応した実質賃料)を月額一二二二万九九二八円と算出し、これに実際実質賃料に右3で求めた差額共益費を加算して求めた実際実質賃料相当額月額一二九七万〇六三四円との差額七四万〇七〇六円を、本件契約の経緯、賃貸市場の実情等を勘案の上、折半法を採用して、当事者それぞれに二分の一を配分し、差額分配法による適正な実質賃料を月額一二六〇万〇二八一円と算定した。

(二) 賃貸事例比較法による算定

賃貸事例比較法においては、本件建物の近隣地域及び同一需給圏内の類似地域に存する類似の賃貸事例を収集したうえで、基準階の比準賃料を六九五六円(平方メートル当たり)と算定し、これに階層別効用比、位置別効用比、専用面積を乗じて、賃貸事例比較法による適正な実質賃料を月額一二六七万九一一一円と算定した。

(三) 利回り法による算定

最終合意時点(平成八年四月一五日時点)における継続賃料利回り(実質賃料から必要経費を控除して得られた純賃料の、対象不動産の基礎価格に対する比率)を、4.73パーセントと算出し、これに基準時における対象不動産の基礎価格に右利回りを乗じたもの(純賃料)に必要経費を加算した結果、利回り法による適正な実質賃料として月額一二六四万一七四二円と算定した。

(四) スライド法による算定

最終合意時点から基準時までの消費者物価指数、国内卸売物価指数、総合卸売物価指数、企業向けサービス価格指数(総平均)、企業向けサービス価格指数(不動産等)、標準建築費指数、地価指数のそれぞれの変動率を平均して採用変動率としてプラス0.79パーセントを算出し、最終合意時点の純賃料に右変動率を乗じたもの(基準時における純賃料)に必要経費を加算した結果、スライド法による適正な実質賃料として月額一二六四万七九五九円と算定した。

(五) 適正継続支払賃料の算定

そのうえで、対象不動産について、近隣地域の状況、契約の内容、賃貸借の経緯、各方式の特徴等を総合的に勘案した結果、各試算賃料には軽重の関係はなく、等しく妥当性を有するものとして尊重するものとし、各試算賃料を相互に関連付け、基準時における適正な実質賃料として月額一二六四万二二七三円と算定し、右金額から、保証金運用利回り三パーセントで算出した運用益五五万円を控除し、適正な継続支払賃料として、月額一二〇九万二二七三円と算定した。

5  結論

以上の鑑定評価の手法、採用された基礎数値、評価結果について特に不合理な点は認められない。

二  被告鑑定の検討

被告提出の不動産鑑定評価書(乙四・被告鑑定)は、差額配分法、賃貸事例比較法、利回り法、スライド法のすべてを評価の基礎として考慮しており、評価の手法等について特に不合理な点は認められない。しかし、差額配分法、利回り法においては、土地価格の査定にあたり、本件鑑定が最有効使用の想定建物と本件建物の効用比を求めることにより、建付減価を二〇パーセントと算定しているのに対して、被告鑑定は単純に容積率割合で減価率を一〇パーセントと算定しており、この点において合理性が認められないこと、本件鑑定における価格時点(平成九年九月一日現在)の期待利回りは4.53パーセント(差額配分法で使用)であり、最終合意時点(平成八年四月一五日)の継続賃料利回りは4.73パーセント(利回り法で使用)であるのに対し、被告鑑定は、それぞれ、六パーセント、3.18パーセントであり、本件建物が銀座地区にあることや右期間における社会情勢の変動、物価指数の変動等を考慮しても、六パーセントは高率に過ぎ、右数値の乖離に合理性が認められないこと、建物の評価対象部分に係る配分率の算定に当たり、本件建物の床面積に対する契約面積割合を用いて、評価対象部分基礎価格を算出しており、共用部分の存在を考慮していないため、右基礎価格に合理性が認められないこと、共益費の相当性を全く考慮することなく、現行の実際実質賃料の査定を行っているため、賃料と共益費を合計すると、必要経費部分が二重に計上されてしまうこととなり、合理的でないこと、賃貸事例比較法においては、単価に契約面積を乗じており、共用部分を除いた原告の専用面積を用いてないこと等の問題点が認められ、その結果、算出された各実質賃料月額が差額配分法では、一三四〇万円、賃貸事例比例法では、一三七〇万円、利回り法では、一〇五〇万円、スライド法では、一〇四〇万円と相当なばらつきがみられること、最終的に差額配分法、賃貸事例比較法、利回り法、スライド法を四対四対一対一の割合で考慮して鑑定評価額を算出しているが、右の配分割合に合理的な説明がないことなどを総合考慮すれば、被告鑑定は、その合理性において、本件鑑定に劣るものといわざるを得ない。

三  原告鑑定の検討

次に、原告提出の不動産鑑定評価書(甲七・原告鑑定)について見ると、原告鑑定は、差額配分法、賃貸事例比較法、利回り法、スライド法のすべてを評価の基礎として考慮しており、評価の手法等について特に不合理な点は認められない。しかし、原告鑑定は、被告鑑定と同様、共益費を考慮することなく、現行の実際実質賃料の査定を行っているため、賃料と共益費を合計すると、必要経費部分が二重に計上されてしまうこととなり、合理的でないこと、建物再調達価格を一九万七〇〇〇円(平方メートル当たり)としており、本件鑑定が二五万一〇〇〇円、被告鑑定が二四万円であることに比して、低くきに過ぎること、賃貸事例比較法においては、三階(基準階)に対する一階の階層別効用比が、本件鑑定及び被告鑑定においては、一対四であるのに対し、原告鑑定においては一対二とされており、右数値は本件建物が物品販売、飲食店舗の需要の高い銀座地区にあることを考慮すると、相当とは言えないこと、スライド法においては、採用変動率としてマイナス22.4パーセントを採用しているが、これは、銀座地区における新規賃料の変動率を採用したことが主たる原因であり、右変動率を採用することは、継続賃料の算定にあたっては合理性を欠くこと等の問題点が認められる。以上の諸点を総合考慮すれば、原告鑑定も、その合理性において、本件鑑定に劣るものといわざるを得ない。

四  総合的検討

以上の検討の結果によれば、本件鑑定は、その鑑定手法、採用した基礎数値、評価の過程、評価額等に格別不合理な点は見当たらず、これに、原告鑑定及び被告鑑定には、前記二及び三に指摘したような問題点が含まれていることを総合勘案すると、いずれも採用することができず、本件鑑定の結果を相当なものとして是認するべきである。

そうすると、平成九年九月一日時点における契約物件の適正賃料は、月額一二〇九万二二七三円、適正共益費は月額一四一万七〇五〇円と認めるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、原告の被告に対する(甲事件)主位的請求は、契約物件についての共益費の金額が月額一四一万七〇五〇円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、賃料確認請求に係る主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の原告に対する(乙事件)請求は、契約物件についての賃料が月額一二〇九万二二七三円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官小磯武男)

別紙物件目録<省略>

別紙平面図<省略>

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